大和宗雲先生からのメッセージです。経歴については前の投稿をご覧ください。
[京佛師 大和宗雲の仏像彫刻教室の特長]
初めて彫刻刀を握る方から高度な最高技術まで、その方に合った方法で1人1人ていねいに優しく指導しております。
そして一番たいせつなことは、楽しく仏像を彫って行くことをつねに思っています。
なぜなら、その人の心が仏様の姿になってあらわれるからなのです。
楽しく彫っていると、すばらしい仏様が現れて下さいます。
[私が若き頃佛師の道を志ざした理由]
私は大学を卒業して、サラリーマンになったのですが社会では、自分で思っている正しさ(正義)とか、人に対するやさしさとか、まったく通用しないことがあり、一生懸命すればするほど、むなしくなるような日々でした。
そんなもんもんとする日々の中で、佛師の世界を知り、京都に行き佛師の世界に挑戦することにしたのでした。
(※注:死にかけた経験をされての転身だそうです)
[京都の大佛師、松久宗琳に入門したその日]
今から約50年前に私は松久宗琳の弟子になりました。
その入門の日、師・宗琳よりお話がありました。
「お前さんは、私が呼んだのではなく仏様がここに呼んで下さったのだから、仏様の為に一生懸命働きなさい!!
そうすると、未来に、びっくりするような、すばらしいことがたくさんまっていますよ!!」
今私は73才になりますが、師匠が入門の時言って下さったその言葉が本当だったと、つくづく思うこの頃なのです。
[仏像彫刻教室のはじまり~今]
約60年ぐらい前に私の京都の師、松久朋琳・宗琳父子が一般の人達に仏像彫刻教室をしようとした意図がありました。
(※注:それまで仏像彫刻の技法は一子相伝のような形で秘密にされており、一般人に公開されることは決してなかったそうです)
仏様を彫りながら、自己の「仏性」を再発見することを願っておりました。
仏様を彫っている人は、「他人と争ったりしなくなる」
「みんなが仏様を彫るようになれば戦争もなくなるなぁ…」と言っておりました。
以上のような思いを「一人一仏」という言葉で、仏像彫刻教室をはじめられたのです。
その頃、松久宗琳の自宅、京都の九条山にはいろいろな著名人の方がたくさん来られておりました。
中でも瀬戸内寂聴さんは、松久朋琳の大ファンで、仏像彫刻をならいに足しげく通われて、仏様を彫っておられました。
寂聴さんもきっと「一人一仏」の中の仏性をさがして仏様を彫っておられたのだと思います。
私もそのことを、心にひめながら、佛像彫刻を教えております。
仏さまを彫るということは、座禅をしているようなものだと思います。 一人で行なえる気楽さがあり、いつの間にか無心になっている自分に気づくのです。
そして、佛様が現れてくれるのです。
その境地、心境、無心になれる喜びを一緒にたいけんしませんか!!
合掌 大和宗雲